(法律コラム:その他) 失踪宣告

 

【失踪宣告の概要】

従来の住所又は居所を去って帰ってくる見込みのない人のことを不在者といいます(民法25条)。

この不在者の生死が明らかでない状態が永続した場合、家庭裁判所は、利害関係人(配偶者、相続人、債権者など法律的な利害関係をもつ人)の請求によって、失踪の宣告をすることができます(民法30条)。

失踪宣告を受けた人は、死亡したものとみなされます(民法31条)。その結果、相続が開始したり、婚姻が解消したり、年金の支給が停止したり、生命保険金の請求(反対の約款がない限り)が出来るようになったりします。

 

【失踪宣告の種類】

A 普通失踪

 不在者の生死が、最後の音信の時から7年間明らかでない場合、普通失踪と呼ばれています。 失踪宣告を受けた人が死亡したとみなされる時期は、7年間の期間が満了したとき、すなわち最後の音信の時から7年を経過した時となります。

B 特別失踪

 死亡したものと強く推測される事態が起こったことにより、死体は発見されていないが生死が1年間明らかでない場合、特別失踪と呼ばれています。広い意味での危難失踪と呼ばれることもあります。

      この特別失踪には3つの種類があります。

① 戦争失踪

 戦地に臨んだ人が、戦争が止んだ後、1年間生死が明らかでない場合、戦争失踪と呼ばれています。失踪宣告を受け、死亡したとみなされる時期は、戦争の事実が止んだ時となります。

 ② 船舶失踪

 沈没した船舶の中にいた人が、沈没した後、1年間生死が明らかでない場合、船舶失踪と呼ばれています。失踪宣告を受け、死亡したとみなされる時期は、船舶が沈没した時となります。

 ③ 危難失踪

 その他死亡の原因となるべき危難に遭遇した人が、危難が去った後、1年間生死が明らかでない場合、危難失踪と呼ばれています。失踪宣告を受け、死亡したとみなされる時期は、危難が去った時となります。

 

【危難失踪か普通失踪かの違いで大きな影響を受けた事件】

私が担当した保険金請求事件で、危難失踪か普通失踪かの違いで大きな影響を受けた事件があります。

ある会社が、社長を被保険者、死亡保険金の受取人を会社とする生命保険に20年以上前から加入していました。生命保険金の金額は約2億円でしたが、70歳を過ぎると約2000万円(10分の1)に減額されるという生命保険でした。

その社長が奈良県の山上ヶ岳(標高1719m)に登ったまま行方不明となり生死が明らかでない状態が1年以上続きました。山上ヶ岳は大峰山とも呼ばれ、古くから修験道の根本道場として有名で、現在日本で唯一の女人禁制の山です。

社長は、山上ヶ岳に登って行方不明となった当時67歳で、あと3年で70歳を迎えるという年齢でした。

危難失踪として失踪宣告がなされれば、危難が去った時、この場合は5日後に捜索が打ち切られましたので、捜索が打ち切られた日に死亡したとみなされ、67歳での死亡と認定され、生命保険金は約2億円支払われます。

ところが、普通失踪であれば7年後の74歳で死亡したとみなされ、生命保険金は10分の1の約2000万円しか支払われません。

社長の妻から依頼を受けた私は、京都家庭裁判所に危難失踪による失踪宣告を申し立てました。ところが、担当した若い裁判官は申立てを却下したのです。その理由として、不在者が登った登山ルートは、「一本道である程度道幅があり、断崖絶壁はなく、道しるべが設置されていたものであって、遭難の危険性が高い登山ルートであるとはいえない」ということをあげていました。

私も百名山をはじめとして多くの山に登っていますが、1000mないし2000mの山でも、道しるべが設置されている山でも多数の遭難者が出ており、この却下決定は「山を知らない」「山をなめている」と思いました。

大阪高等裁判所に即時抗告したところ、大阪高裁は危難失踪であると認定して、京都家裁の却下決定を取り消し、事件を京都家裁に差し戻しました。その結果、京都家裁で社長の捜索が打ち切られた日に死亡したとみなす失踪宣告がなされ、会社は約2億円の生命保険金を受け取ることが出来たのです。

(弁護士 村井豊明)