(最新判例:労災)解雇制限と打切補償(最高裁)

 

【問題の所在】

 

 労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかった場合(労災)においては、使用者は療養補償、休業補償などの補償を行わなければならない(労働基準法75条~80条)。
 これらの補償のうち、療養補償については、療養開始後3年を経過しても負傷又は疾病がなおらない場合においては、使用者は、平均賃金の1200日分の打切補償を行えば、その後の補償を打ち切ることができる(労働基準法81条)。
 また、使用者は、労働者が労災による負傷等の療養のために休業する期間及びその後30日間は、解雇してはならないとされているが(解雇制限:労働基準法19条1項本文)、前述の打切補償を行えば、労働者を解雇できると規定されている(同条項ただし書)。
 さらに、労働者災害補償保険法(以下、「労災保険法」という)は、労災にあった労働者の病状が傷病等級1~3級に該当し、傷病補償年金(18条)が支給される場合には、使用者は、打切補償を支払ったものとみなし(19条)、労働者を解雇できると規定している。
 問題は、労働者が前述の労働基準法が規定する療養補償ではなく、労災保険法による療養補償給付(13条)を受給しており、かつ、傷病等級が1~3級に該当せず傷病補償年金を受給していない場合に、療養開始後3年を経過しても負傷又は疾病がなおらない場合においては、使用者は、前述の打切補償を行えば労働者を解雇できるかどうかである。
 正にこの問題が主な争点となったのが、専修大学事件である。

 

【専修大学事件の概要】

 

 専修大学に勤務する労働者が頸肩腕症候群にり患し、平成19年11月6日に、平成15年3月20日の時点で業務上の疾病に当たると認定(労災認定)され、労災保険法に基づく療養補償給付と休業補償給付を受けていた。同大学の定める休職期間満了後、同大学は、平成23年10月24日、打切補償金として平均賃金の1200日分相当額である1629万3996円を支払った上で、同月31日付けで労働者を解雇した。この解雇の有効性が争われた。

 

【最高裁平成27年6月8日判決の要旨】

 

 一審の東京地裁平成24年9月28日判決と二審の東京高裁平成25年7月10日判決は、労災保険法による療養補償給付(13条)を受給している労働者は、労働基準法が規定する療養補償を受けている労働者には該当しないという理由で、専修大学が行った解雇は、労働基準法19条1項ただし書に該当せず、無効であるとした。
 ところが、最高裁平成27年6月8日判決は、労働基準法において使用者の義務とされている災害補償(療養補償など)は、これに代わるものとして行われている労災保険法に基づく保険給付(療養補償給付など)が行われている場合には、それによって実質的に労働基準法上の災害補償が行われているものといえるとして、労災保険法の療養補償給付を受ける労働者は、解雇制限に関する労働基準法19条1項の適用に関しては、同項ただし書が打切補償の根拠規定として掲げる労働基準法81条にいう補償を受ける労働者に含まれるという理由で、専修大学が行った解雇は、労働基準法19条1項ただし書の適用を受け、有効であるとし、東京高裁判決を破棄した。

 

【若干のコメント】

 

 労働基準法19条1項本文の解雇制限は、業務上災害を惹起した使用者に対する直接的な非難と責任追及にあり、労働者保護が強く全面にでた条文であるとされている。
 そして、労働基準法81条の打切補償は、使用者に対し労災による労働者の負傷又は疾病が全治するまで無制限に療養補償させるのは負担が重過ぎるので、「療養開始後3年を経過しても負傷又は疾病がなおらない場合」には、使用者は打切補償を支払えば、以後の療養補償を打ち切ることができると説明されている。
 このように使用者が長期にわたって自らの負担で療養補償を行ってきた場合、労働基準法81条の打切補償を支払うことによって以後の療養補償を打ち切ることができ、かつ、労働基準法19条1項ただし書の適用を受けて解雇制限が解除されると理解されている。
 これに対し、労災保険法に基づいて療養補償給付がなされている場合、使用者には社会保険料等の負担は続くが、使用者が自らの負担で療養補償を行う場合よりも、その負担は遥かに軽い。他方で、労災保険法に基づいて療養補償給付がなされている場合にまで、労働基準法19条1項ただし書の適用(解雇制限を解除)を認めると、労働者が失業という重大な不利益を受ける。
 この使用者の負担と労働者の不利益を比較衡量するならば、労災保険法に基づいて療養補償給付がなされている場合には、労働基準法19条1項ただし書は適用されない(解雇は許されない)と解すべきだと思われる。
 従って、上記最高裁判決は、労働者保護に欠ける冷たい判決と言わなければならない。

 
                                  (弁護士 村井豊明)