(最新判例:その他)雪山登山で失踪宣告(危難失踪)が認められました(東京高裁)

 

これは、当事務所で扱った事件です。

 

●「危難失踪」とは

 

「危難失踪」という言葉を聞かれたことはあるでしょうか?

 

人の生死不明が7年間明らかでないときは、家裁は、利害関係人の請求により、「失踪宣告」をすることができ、それによって、その不明者は死亡したものとみなされます(民法30条1項、31条)。

これを「普通失踪」宣告といいます。

しかし、戦地に行ったり、沈没した船に乗っていたりなど危難に遭遇して生死が不明の場合には、危難が去っても1年間生死が不明の場合、7年間待たなくても、「失踪宣告」を申し立てることができます(民法30条2項)。

これを「危難失踪」宣告といいます。

 

●事案と決定までの経緯

 

Kさん(30代男性)は、登山が趣味で、最近では雪山にも登っていましたが、雪山はまだ初心者でした。

そのKさんは、2015年1月21日、一人で、山形県と福島県の県境にある西吾妻山(2035M)に登りに出かけましたが、帰って来ませんでした。

西吾妻山は、日本百名山の1つでもあります。

Kさんは一人暮らしで、休日が明けても勤務先に出勤しなかったため、行方不明が判明しました。

西吾妻山の山形県側には、天元台スキー場があり、そのリフト終点にあるポストでKさんの登山届が見つかり、西吾妻山に登りに行ったことがわかりました。

捜索救助隊(地元の「米沢山の会」のメンバーや警察などで編成)が捜索しましたが、Kさんを発見することはできませんでした。

 

それから1年が経過し、Kさんの父親は、雪山で遭難したことは明らかであり、早く気持ちの整理をしてKさんを弔ってあげたいと考え、自分で、千葉家裁松戸支部に危難失踪宣告の申立をしました。

しかし、家裁は、危難が認められるには、危難が具体的に認められる必要があるとし、雪山に行っただけでは普段に比べて遭難の危険が高まった状態にあるとはいえないとして、「危難失踪」を認めませんでした。

 

そこで、Kさんの父親は、東京高裁に不服申立(即時抗告)を行い、私たちがその代理人となりました。

私たちは雪山には登りませんが、何十年も登山を趣味としてたくさんの山に登っていますので、Kさんが危難に遭遇したことは明らかだと確信しました。

 

そして東京高裁は、2016年10月12日付けで、家裁の原審判を取り消して、「危難失踪」を認めるという決定を下しました。

 

●私たち弁護士が代理人として行った活動について

 

まず、西吾妻山の地形図、当時の天気図、雪山登山に関する書物、Kさん自身が過去に書いた登山に関するブログ記事などを入手して、遭難した原因を調べました。

その結果、Kさんは雪山登山に関しては初心者であること、装備が不十分であること、雪山の単独登山が極めて危険であること、西吾妻山頂上付近と観測所がある米沢市内とでは標高差が1790mと大きいため天候が全く異なることなどがわかりました。

 

また、弁護士法23条に基づき、捜索救助隊や米沢警察などに対し、捜索状況の照会を行い、その回答を得ました。

 

そして、2016年7月に山形へ赴きました。

地元「米沢山の会」の方々と面談し、冬の西吾妻山の特徴や実際に捜索にあたられた様子などを伺いました。

また、積雪時の登山ルートを記した地図やスキー場で測定した気温や積雪量などの資料も頂きました。

そして、遭難した原因として、ホワイトアウトなどによる道迷いか、モンスターと呼ばれる雪が張り付いた巨木の下にある大きな穴(2~3メートルの深さ)に転落した可能性があると教えて頂きました。

 

現地調査した当時、梅雨の時期であいにくの雨でしたが、Kさんが登山届に書いていたコースを、実際に歩いてみました。

私たちは、以前、夏の西吾妻山に登ったことがありました。

でも、その時には、気が付きませんでしたが、西吾妻山は、大きな樹木の下には灌木や背丈の高い笹などが密集して生えており、夏になると登山道以外には、とうてい侵入することができず、雪が溶けても、遭難者を発見できないことがわかりました。

Kさんが登山届に書いていたルートは、夏山ルートであり、アップダウンがきつく、しかも大きな雪の吹き溜まりができる凹地があり、とりわけ2015年1月は大雪の年でしたので、積雪量が多い時期にこのルートで登ることは不可能であることもわかりました。

更に、麓では行きも帰りも雨が降っておらず、視界も良かったのですが、西吾妻山頂上付近は1日中雨で、ガスが濃いため視界も悪く、西吾妻山頂上付近と麓とでは天候が大きく異なることを実感しました。

 

山形の帰途、東京でKさんの勤務先の上司の方々とも面談し、Kさんの勤務状況なども伺いました。

 

●「危難」とは

 

私たちは、「危難失踪」が認められるには、具体的な危難を特定する必要はなく、いくつかの複数の態様による危難の可能性があればよいという考えでした。

 

東京高裁決定は、私たちの主張を認め、Kさんが、雪山経験が乏しく、初心者レベルであるにもかかわらず、極めて不十分な装備しか所持せず、積雪量が多く、遭難事故が発生しやすい山を単独で登山しており、そんな中で、ホワイトアウトなどで道迷いしたか、モンスターの根元にある大きな穴(2~3mの深さ)に転落した可能性があると認定し、「不在者(Kさん)は、人が死亡する蓋然性が高い事象に遭遇したと認めるのが相当である」と判断しました。

 

 

(弁護士村井豊明・弁護士村松いづみ)