(法律コラム:その他)職務発明の特許権が剥奪される!

【職務発明とは】

   職務発明とは、会社の従業員が職務を遂行することによって発明することをいいます。会社がその発明について特許を受け利益をあげた場合、従業員は会社に対し「相当の対価」を請求することができます(特許法35条)。

   職務発明制度は、青色発光ダイオード(LED)の新製法を開発し、今年のノーベル物理学賞の受賞が決まった中村修二教授(カリフォルニア大学サンタバーバラ校)が提訴した日亜化学工業事件で、東京地裁が2004年1月30日に会社に対し200億円の支払いを命じる判決が出たことで一躍有名となりました。この事件では、会社が中村教授に報奨金として2万円しか支払っていなかったので、中村教授が「相当の対価」の支払いを求めて提訴していたのです。結局、この事件は、東京高裁で会社が中村教授に8億4000万円を支払うことで和解が成立しています。

【塩野義製薬事件】

   私が代理人となって提訴した塩野義製薬事件では、元社員Aさんが他の社員3名と共同して1991年にロスバスタチンカルシウムを発明しました。ロスバスタチンカルシウムは高コレステロール血症の患者に投与することによって悪玉コレステロールであるLDL-コレステロール値を低下させる効能がある医薬品です。Aさんは、塩野義製薬との間で特許を受ける権利を塩野義製薬に譲渡する旨の契約を締結していました。塩野義製薬は、ロスバスタチンカルシウムを含む「ピリミジン誘導体」について、1997年に特許権を取得しました。塩野義製薬は、発明をしたAさんら4名に対し、特許出願時に合計で6000円、特許権取得時に合計で9000円の報奨金を支払っただけでした。

   塩野義製薬は、1998年にアストラゼネカ社との間でこの特許について、わが国及び欧米各国における独占的実施権を許諾する旨のライセンス契約を締結しました。塩野義製薬は、アストラゼネカ社からこの特許等の使用料(ロイヤリティ)として2006年までに合計203億円を取得していました。

   そこで、Aさんは、塩野義製薬に対し「相当の対価」として約8億7000万円の支払いを求めて、2007年3月に大阪地裁に提訴しました。この事件は2008年11月に和解が成立し、Aさんは相当額の和解金を得ることができたのです(具体的な和解金額は公表しないことになっています)。

【特許法改正の動き】

   特許法は、1921年(大正10年)から職務中に発明した特許権を「社員のもの」としてきましたが、特許庁は、今年10月17日、特許権を当初から「企業のもの」とすることを可能とする特許法改正案を提示し、政府は開会中の臨時国会に法案を提出しようとしています。これは経団連など産業界の要請に応える法改正です。この改正法案が成立すると、職務発明をした社員は、企業が定めた低額の報奨金で泣き寝入りをさせられることになります。

   ノーベル物理学賞の受賞が決まった中村修二教授も、朝日新聞(2014年10月18日朝刊)のインタビュー記事で、この特許法改正案について、「反対というより、猛反対。サラリーマンがかわいそうじゃないですか。(青色LEDをめぐる)私の裁判を通じて、(企業の研究者や技術者への待遇が)良くなってきたのに、それをまた、大企業の言うことをきいて会社の帰属にするのはとんでもないことです。」「報奨を会社が決められるようになっているのは、問題です。会社が決めたら、会社の決めたことに日本の社員は文句を言えない。みな、おとなしいから。社員は会社と対等に話ができないから、会社の好き放題になります。」と述べて、改正法案の問題点を厳しく指摘しています。

(弁護士 村井豊明)