(最新判例:その他) 山岳救助隊の過失を認定
【事案の概要】
Aさん(当時38歳)は、2009年1月31日、スノーボードを楽しむため、日帰りの予定で、仲間2人と伴に、北海道積丹半島にある積丹岳(1255m)に向かった。仲間2人は途中で引き返したが、Aさんだけが午後1時40分頃に頂上まで登った。
頂上付近は吹雪でホワイアウトしており危険なので、Aさんは坪足で下山をしていたが、視界不良のためビバーグし、午後3時過ぎに仲間に無線で救助要請をした。
救助要請を受けた北海道警察は、ヘリコプターで山頂付近を捜索したが、厚い雲に覆われ、日没となったため発見できなかった。その後、北海道警察は、日没後であり、吹雪いていたので、この日の捜索を断念したが、5名の救助隊を編成して現地に向かわせた。
翌2月1日午前5時30分に救助隊は出発し、積丹岳頂上付近に向かった。吹雪の中の捜索で、午前11時59分頃に、山頂東側斜面上でやっとAさんを発見した。救助隊は、9合目付近で待機している雪上車に向かい、隊員2名がAさんの両脇を抱えて徒歩で移動を開始した。
移動を開始して約5分後、発見地点から約50m東側の地点で、雪庇を踏み抜いて、Aさんを含む3名は稜線から南側斜面に滑落した(第1滑落事故)。南側斜面は、斜度が40度位の急斜面であり、Aさんは約200m滑落した。
救助隊の3名は、南側斜面を下ってAさんの元に行き、Aさんをシュラフに包んだ上でストレッチャーに乗せて縛着し、2名が引き綱を引いてストレッチャーを上から引き、残り1名がストレッチャーを下から押す方法で引上作業を始めた。
3名の隊員は、約1時間かけて、Aさんを稜線の滑落場所から約50mの地点まで引き上げた。ところが、1名の隊員の疲労が激しいため、稜線上の隊員と交代させるため、交代するまでの間、ストレッチャーを南側斜面上で固定することにした。
隊員は、携行装備していたウェビング(繊維性のひも)をストレッチャーに結束していたシュリングと着脱式ベルトの輪に通し、その両端を近くに自生していたハイマツの幹と枝に、いずれも「ひと回りふた結び」の結び方で結束した。
疲労していた隊員は稜線に向かい、残り2名の隊員はAさんザックを回収するためにAさんが滑落していた場所に向かって下って行ったので、ストレッチャーのそばには隊員はいなくなった。
その後、隊員が交代する前に、ストレッチャーがハイマツから離れ、Aさんはストレッチャーに乗せられたままで、ストレッチャーは下の崖を越え、さらに下に滑落していき、見えなくなった(第2滑落事故)。結局、救助隊は、その日の捜索を断念した。
翌2月2日、ヘリコプターによる捜索で、ストレッチャーに乗せられたままのAさんが発見され、病院に搬送されが、死亡が確認された。直接死因は凍死と診断された。
【札幌地裁2012年11月19日判決(判例時報2172号77頁)】
一審判決は、第1滑落事故について、概ね次のとおり述べて救助隊員に過失があると認定した。
雪上車の待機場所はほぼ東の方向であったが、風雪のため雪上車は見えない中で、隊長がとった進行方法は、コンパスで方位を確認し指で指示したもので、コンパスは滑落までの間に数回確認したにとどまり、この方法では当時の天候等の状況から進行方向が南にぶれやすいといわざるを得ず、GPSを利用して自分がたどってきた場所をポイントとして固定して位置を後から確認しながら下山する、あるいは常時コンパスで方角を確認しながら進行方向を指示するなど、当時の状況下で採りうる他の方法を採らなかったことに過失があるとした。
【札幌高裁2015年3月26日判決(未公刊)】
控訴審判決は、一審判決と異なり、第2滑落事故について、概ね次のとおり述べて救助隊員に過失があると認定した。
ハイマツはしなる性質があること、「ひと回りふた結び」の結び方は荷重がかかると結び目自体は締まるが、結び目の先の輪(幹、枝に掛けて固定する部分に形成される輪(結び目の輪)は締まらないこと、荷重がかかると結び目の輪が締まり、ずれにくい結び方として、「ブルージック」、「オートブロック」、「クレイムハイスト」があり、「ひと回りふた結び」以外の荷重がかかると結び目の輪が締まる結び方でハイマツの根元に近い幹の部分に結束することが困難であったとは認められないこと、「ひと回りふた結び」の結び方で枝に結ぶと、結び目の輪が枝の先の方にすべり、しなった枝から抜け落ちるおそれのあることは容易に予見できたこと、少なくとも1名の救助隊員がストレッチャーのそばにいるのが困難な事情はうかがわれないにもかかわらず、救助隊全員がストレッチャーのそばを離れたことから、救助隊員にはハイマツへの結束方法及び救助隊全員がストレッチャーのそばを離れたことに過失があるとした。
【山岳救助隊員には豊富な知識と経験が求められている】
警察の山岳救助隊による遭難者の搬送責任が問題とされた先例は見当たらないようである。この一審判決、控訴審判決を読んでも、内容が専門的過ぎて、一般の人には理解することが出来ないと思われる。冬山登山の豊富な経験者、登攀経験者なら理解できるかもしれない。
当職は、冬山登山はしないが、夏には北アルプスなどに登っており、冬はスキーをしている。救助隊は、3名の人力で、Aさんが稜線から約200m滑落した地点から稜線まで引き上げようとしたが、これは至難の業である。斜度40度の斜面をスキー板を履いてカニ歩きで200m登ることも極めて困難で、余程の体力がなければ登れない。国土地理院の地図を見れば、滑落した地点から東方向に水平移動すれば、登山道に出られることが分かる。救助隊がストレッチャーを引いてなぜ水平移動しなかったのか、疑問である。二つの判決もこの点については触れていない。
いずれにしても、この二つの判決は、山岳救助隊員に、冬山登山、登攀、山岳救助方法などについて豊富な知識と経験、訓練を求めている。
(弁護士 村井豊明)