弁護士村松いづみのblogマチ弁の日々

ずっと天候不良だった今年の夏山登山(その2~烏帽子岳・野口五郎岳)

 

●8月4日 烏帽子岳(2628M)、8月5日 野口五郎岳(2924M)

 

烏帽子岳から野口五郎岳へという裏銀座縦走コース。

ちなみに、歌手の野口五郎は、この野口五郎岳から芸名を取ったとのこと。

私は、1999年8月にこのコースを歩いたことがあり、今回は18年ぶりに同じコースをたどった。

 

前夜は、七倉山荘に宿泊。18年前にも宿泊した七倉山荘は、当時は、山小屋と民宿の中間のような雰囲気だったが、とても綺麗に改装され、部屋(個室)にはテレビもあり、浴場には露天風呂もあってまるでホテルのような浴室だった。食事もとてもおいしかった。

 

朝一番(午前5時半)に東京電力のゲートが開くのと同時にタクシーに乗って、高瀬ダムまで。ここからは、徒歩で行くか、タクシーでしか入れない。

高瀬ダムは、岩を積み重ねたロックフィルダムで堤高は176m、黒部ダムに次いで日本2位の高さ。

ダムの最上部でダクシーを下りる。

 

 

トンネルからスタートし、長い吊り橋を渡り沢を渡ると、ブナ立て登山口。

登山口の手前にある沢は、普段は小さな沢だが、雨が降ると、山の上から土石流が流れることがあり、1998年夏には、大学生二人がこの沢で流され、一人が死亡した。

私が前に登った1999年には、亡くなった女子大生の碑があったが、今回、その碑は見あたらなかった。

 

 

ブナ立て登山口。

高瀬ダムから烏帽子岳までの登山道は、ブナ立て尾根と呼ばれ、北アルプスの三大急登の1つと言われている。

この登山口から烏帽子小屋の付近までの登山道には、⑫から①までの番号がついた標識が立てられており、目安となる。

 

 

三大急登とは言うもののストックが使える程度であるが、この日は、気温が高く風もなく、蒸し暑く、苦しい登りであった。

 

でも、高山植物もたくさん咲いている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

④は三角点。もうバテバテである。

 

 

 

何度も休みながら、やっと烏帽子小屋に到着。

周囲の山々にはガスがかかって、あまり見えない。

それでも、小屋の前には、たくさんのイワギキョウが群生しており、疲れを癒してくれた。

 

 

 

小屋の前で30分ほど休憩を取った後、烏帽子岳に向かう。

 

烏帽子岳

 

 

烏帽子岳の頂上直下は、かなり急な岩場で、怖かった。

「怖い」という記憶があまりなかったということは、18年前は、軽々登れたのかな・・・・

狭い頂上に立ったものの、ガスで何も見えず、人もたくさんいたので、早々に下山。

 

小屋に戻る途中、雷鳥と出会う。

 

 

翌朝は、午前5時15分に出発し、野口五郎岳に向かう。

起床した時には晴れていたが、すぐにガスが上がってきた。

途中一瞬、槍ヶ岳が見えたが、その後は、ひたすらガスの中を歩く。

野口五郎岳もガスの中。

 

 

写真だけを撮って、先に進み、分岐から湯俣温泉方面に竹村新道を下山した。

ただ、これがまた、かなりザレた登山道のハードな下りで、湯俣温泉に着いた頃には、もうヘロヘロになった。

 

この裏銀座縦走コースは、表銀座コースと異なり、登山者もそれほど多くなく、しかも晴れていれば、すっと槍ヶ岳を眺めながら歩くことができる絶景の快適コースである。

今回は、全くその醍醐味を味わうことができなかったことが、つくづく残念。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ずっと天候不良だった今年の夏山登山(その1~仙丈ケ岳)

 

もうすぐ8月も終わろうとしており、今年もいくつかの夏山に登った。

しかし、今年は、2017年7月25日付けブログで書いた北海道を始め、どこの山に登っても天候不良で、自分が本当に「雨女」かもしれないと思ってしまう。

 

田部井淳子さんをはじめ、著名な登山家たちは、その著書などで「雨の日の登山も楽しい」と書かれているが、周囲の山々が何も見えない中を黙々と歩いていくのは、正直つらかった。

 

●7月23日 仙丈ヶ岳(標高3033M)

 

仙丈ヶ岳は、南アルプスの山で、日本百名山の1つ。

私は2013年7月に日本百名山を完登したが、100座の山を登ったうち、雨の中を登った山もいくつかあり、仙丈ヶ岳もその1つであった。

仙丈ヶ岳は、花の百名山でもあるので、是非、高山植物が咲く頃に登ってみたかった。

当初の天気予報では晴予報であったが、直前に天候悪化となった。

 

前夜、北沢峠のこもれび荘(綺麗に改装されていた)に泊まり、翌朝午前5時15分出発。

天候は曇りで、周囲の山々はガスで見えない。

沢沿いの登山道を登る。沢にはまだ所々雪渓が残っていた。

 

 

高山植物もたくさん咲いている。

 

ウサギギク

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キバナシャクナゲ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沢から離れ、樹林帯の登山道を少し登ると、馬の背ヒュッテという山小屋が現れた。

しかし、この辺りから雨が降り出す。

馬の背ヒュッテから尾根を歩き、急坂を登って仙丈小屋に到着。

小屋の自炊室で昼食を食べていると、少しだけガスが切れ、仙丈ヶ岳の頂上が見える。

昼食後、登頂。

 

 

ガスが取れることを期待して約20分ほど頂上にいたが、結局ガスは取れず、泣く泣く下山した。

 

 

 

 

 

 

原爆投下は、京都が最優先標的だった(米側機密資料)

 

2017年8月22日付け京都新聞朝刊「こころに社会を刻む」という特集記事で、第2次世界大戦末期、京都が原爆の投下目標の最優先標的としてリストアップされていたことを取り上げていた。

 

記事によると、京都が原爆投下目標となった経過は、次のとおりだ。

 

●1945年4月27日 原爆の「標的委員会」初会合。優先順位①広島②京都③横浜。

標的選定については、①日本に最大限の心理的効果を与えること、②公表時、世界中にこの兵器の重要性を認識させるため、最初の使用は壮大なスペクタルになるようにすること。

そして、「知的水準の高い人がいる京都は兵器の意義をわからせる上で優位だ」と報告された。

●同年5月10・11日 第2回「標的委員会」。原爆投下の第1目標を京都に。以下、広島、横浜、小倉、新潟。

●同年5月28日 第3回「標的委員会」。原爆の標的都市は通常の爆弾で空爆せず、「保全」するよう空軍に要請することが決定される。

●同年5月29日 横浜は標的リストから外れたため、この日、横浜大空襲。

●同年7月16日 米ニューメキシコ州で初の原子爆弾の爆発実験に成功

●同年7月25日 広島・小倉・新潟・長崎を標的とする原爆投下指令

京都は、最初の投下目標から外れ、8月中旬の3発目の原爆投下の対象として想定。

●同年8月2日 米空軍、①広島②小倉③長崎に6日投下を発令

●同年8月6日 広島に原爆投下

●同年8月9日 小倉が視界不良のため、長崎に原爆投下

●同年8月15日 日本が降伏

 

標的の選考は、地形や建物の分布は爆風の効果を測定しやすいかや、心理的ダメージの大きさが重要項目で、文化財はまったく考慮されていない。

京都の爆心地は、京都市下京区の梅小路機関車区(現在の梅小路公園)に設定されていた。

京都は最後まで標的から解除されなかったのであった。

 

京都と同じく投下目標だった小倉(現在の北九州市)では、市が平和資料館建設の整備計画を進めている。米軍が原爆を落とそうとした歴史も展示する予定だ。2010年には非核都市宣言も出している。

 

もし、戦争がもう少しだけ長引いていたら、京都にも原爆が投下された可能性は非常に高い。

その意味で、京都の自治体は、被爆の准当事者として、もっと核兵器禁止の問題や平和の問題に取り組んでいかなければならないと強く思う。

 

 

 

 

京の路地裏のレストラン「ORTO」

 

8月16日、京都五山の送り火の夜。

「今年は雨が降らなくて良かったね」(昨年、大雨でした)と言いながらも、送り火を見ることはなく、食事に出かけた。

 

京都の路地裏のレストラン「ORTO」(オルト)(衣棚通三条下る)。

2017年8月5日放映のテレビ朝日の番組「LIFE~夢のカタチ」では、「ORTO」のオーナーシェフ谷村真司さんが登場した。

 

「ORTO」はイタリア語で「菜園」という意味。

京都府久御山町の実家で取れた野菜やハーブをふんだんに使って、一皿一皿の料理を、まるで絵画のように作り上げる。

場所も近いので、行ってみたいと思った。

 

普通、テレビで放映されると、しばらくは予約が取れないものだが、16日は送り火を見に行く人が多いせいだろうか、思いがけず、予約を取ることができた。

 

店は、細い路地裏にあった。

1階はカウンター席で、2階はテーブル席。

夜は、コース料理のみ。

メニューには、メインの素材の名前しかかかれていない。

 

まずは、「前菜」

豚肉を使った揚げものとフルーツソース。

 

 

「茗荷」(みょうが)

黄色の茗荷の花の下には、しまあじのお造り。それを右横のシャーベットで混ぜながらいただく。

 

 

「鮎」

川のようなイメージで描かれているのは、バジルソース。

 

 

「茶そば」

茶そば・おくら・きゅうり・たこが混ぜ込んである。

 

 

「菜園」

もしかしたら、この料理がORTOの本当のメインかもしれない。

実に40種類以上の野菜とハーブと花が使われているサラダ。

 

 

「鰻」(うなぎ)

鰻になすが沿えてあり、上にはなすの皮も乗っている。

 

 

「雲丹」(うに)

「箸休めです」と。エッ!箸休めに雲丹!!雲丹の下には、もずく酢とクリーム

 

 

「夏鹿」

初めて鹿肉を食べた。赤身肉で食べやすい。

 

 

「キーマカレー」

メニューには載っていないが、シェフが作ったスパイスと鹿肉を使ったカレー。

 

 

「西瓜」(すいか)

デザートの1番目は、西瓜とシャーベット。

 

 

「無花果」(いちじく)

デザートの2番目。

 

 

どの料理もとてもおいしく、1皿の量は少な目だが、おなかは一杯になった。

久しぶりに優雅な夕食となった。

また季節を変えて、訪れてみたい。

今夏、最初の山は、北海道の縦走登山

 

7月の連休、今年最初の夏山登山に出かけた。

行き先は北海道の大雪山系。赤岳から緑岳への縦走登山。

 

梅雨も明けないまま、日本各地でゲリラ豪雨があったり、北海道帯広では連日37度の猛暑日が続いたりと、天候や気象はとても不安定。

初日は、札幌から旭川までJRで行き、旭川駅前から層雲峡まで向かう予定だった。

ところが、旭川付近が大雨のため、JRは運休に。

急遽、高速バスで旭川に向かうことになった。

 

2日目、この日がメインの縦走日。曇ってはいたが、雨はまだ降っていない。

朝6時に層雲峡発のバスで銀泉台まで。

バスの終点から林道を15分ほど歩くと赤岳登山口がある。

天気は曇りだが、まだ雨は降っていない。

 

 

少しの間、急坂を登って行くと、目の前が開け、そこに雪渓が横たわっていた。

第1花園と呼ばれる場所だが、花は咲いておらず、一面の雪渓。

 

 

第2花園も雪渓

 

 

ここ数日の北海道の猛暑で、雪渓もずいぶん緩み、アイゼンがなくても、ストックを使って慎重に歩を進めれば、なんとかトラバースすることができた。

 

雪渓の超えると、コマクサ平へ。

 

 

コマクサは、花の形が馬(駒)に似ていることから名付けられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コマクサ以外にも色んな花が咲いている。

 

チングルマ

 

コマクサ平から赤岳までは、第3雪渓と第4雪渓という2つの大きな雪渓の急斜面を上り、赤岳に到着。

第4雪渓直前から小雨が降りだしたため、赤岳(2078M)の山頂の写真は撮取り忘れてしまった。

 

そこから、ほぼ平行移動で、小泉岳へ。

 

小泉岳は、どこが山頂かわからない平坦な山。

標識だけが手がかり。

 

雨が強くなってきたため、白雲岳避難小屋で雨やどりしながら昼食をとることにして、ちょっと寄り道をする。

ここの小屋は、以前、旭岳からトムラウシ山まで縦走した時に、宿泊した小屋だ。

 

昼食後は、緑岳への登山ルートに戻る。

緑岳山頂。

 

 

緑岳からは、雨もようやくやんだが、ガスがかかり、ほとんど周囲の山々や景色を見ることはできなかった。

岩場を下り、その後は背丈より高いブッシュの中の登山道を進み、雪渓をいくつも超えて、ようやく目的の大雪高原山荘に到着した。

 

あいにくの天候ではあったが、北海道の縦走登山は、広大な大自然の中を歩くことができ、十分楽しむことができた。

 

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