弁護士村松いづみのblogマチ弁の日々

女性弁護士の法律コラム

働く高齢者の労災が増えている

 

(女性弁護士の法律コラム NO.247)

 

政府は、70歳までの雇用確保を努力義務として企業に課す方針を打ち出しましたが、他方、厚生労働省が2019年5月17日発表した18年の労災事故のうち、60歳以上は全体の26.1%に達しました(10年前は18.0%)。

65歳までの定年延長や全国的な人手不足を背景に、働く高齢者が増えていることが原因として考えられます。

(2019年5月18日朝日新聞朝刊)。

 

先日も、飲食業で働く友人が職場で滑って転倒し身体を強打したと言っていました。

幸いケガはなかったとのことで安心しましたが、私自身の転倒事故や、その後リハビリを受ける中で出会った人達の話を聞くにつれ、日常生活の至る所に危険はひそんでおり、過信は禁物、他人事ではないと思っています。

 

企業には、高齢者でも安心して働くことができる職場環境を作ることが求められています。

 

なお、高齢者であろうと、非正規雇用であろうと、仕事でケガをしたり病気になった時には、労災保険が適用となります。

使用者から「うちは労災保険に加入していない」と言われても、労災保険は強制適用ですから、申請しましょう。

 

元号について

 

(女性弁護士の法律コラム NO.246)

 

2019年5月1日に新天皇が即位することにともない、元号が変わります。

そして今日4月1日午前11時半過ぎ、新しい元号が「令和」であることが発表されました。

 

元号については、元号法という法律が1979(昭和54)年制定されましたが、この法律には条項が2つしかありません。

「1 元号は政令で定める。」

「2 元号は、皇位の継承があった場合に限り改める」

 

改元に伴い、新聞等で元号についての歴史などを解説したものをいくつか目にしましたので、以下、簡単にまとめてみました。

 

元号制度は、もともとは中国を起源とするもので、皇帝が時をも支配するという思想にもとづくものだそうです。

しかし、現在では、中国でも使用されておらず、時の始まりとしての元号を使用するのは日本だけと言われています。

 

元号が制度として確立したのは、701年「大宝」から。日本書記では、最初の元号は「大化」(645年)とされていますが、出土した木簡に大化と書いたものはないそうです。

改元も、必ずしも天皇の代替わりでなくても、何かめでたい時にもなされることが多かったようです。

後醍醐天皇は、在位21年で8回、孝明天皇は在位21年で6回改元しています。

また4天皇にわたり約100年間改元がなかった時代もありました。

江戸時代は、幕府の許しがなければ改元できなかったし、元号を決定したのも幕府だったそうです。

 

一世一元は、1868(明治元)年から始まり、1889(明治42)年の旧皇室典範で法制化されました。

逆に言えば、これは、「天皇は在位中に元号を改めてはならない」として、天皇が随意に改元することが禁止されたという側面を持つようです。

戦後、新憲法のもとで、旧皇室典範は廃止され、元号は法的根拠を失いましたが、1979年に前記の元号法が制定されたという経緯です。

元号法では、前記のとおり「元号は、政令で定める」と規定されており、天皇の関与はなく、発令主体は内閣です。

法案審議の際には、元号の使用を国民に強制するものではないとの政府答弁がなされています。

 

あらためて元号を考えると、今では「時代の区切り」としての意味しかないように思えます。

それも、マスコミが「昭和の時代」「平成の時代」と区切って、それぞれの時代に発生した出来事から特徴づけようとしているだけで、昭和から平成にかわった1989年に区切るべき何かがあったわけではありません。

それは今回も同じで、2019年4月と5月とで、私たちの日常に特別の変化はありません。

ですから、今回のこれだけの騒ぎには、マスコミがあおっているような気がして違和感を感じます。

 

私は、可能な限り西暦を使うことにしています。

これまで裁判所は元号だけを使用しています。ですから裁判所に提出する書面には、やむなく西暦と元号を併記しています。

裁判所は、例えば、金銭の長期の分割払いで和解する場合、30年後までの分割払いであれば、和解調書に「平成61年まで」のように記載し、西暦は絶対に記載しません。

西暦への読み替えが煩雑で、非常にわかりにくい記載方法です。

外務省などは、これからは原則西暦と考えているようで、国際化の今日、裁判所も西暦に変更してほしいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テニスの大坂なおみ選手と国籍

 

(女性弁護士の法律コラム NO.245)

 

女子テニスの大坂なおみ選手が、先日の全豪オープンで初優勝し、世界ランキングでも1位となるという快挙を達成し、日本中が歓喜にわきました。

テニスにはあまり興味のない私でも、試合結果が気になって、テレビを観てしまいました。

彼女のあのトツトツとした日本語でのインタビューに対する受け答えも可愛らしいですね。

 

そんな注目を浴びている大坂選手ですが、国籍はどうなっているのだろうと思ってしまううのは、法律家のサガでしょうか。

なぜかというと、日本は原則として二重国籍を認めないからです。

 

大坂選手は、日本人の母親とハイチ系アメリカ人の父親を持ち、生まれは大阪ですが、3歳からアメリカで育ちました。

 

日本の国籍は、国籍法という法律によって定められています。

国籍法2条で、「出生の時に父又は母が日本国民であるとき」「子は日本国民とする」と規定されていますので、母親が日本人である大坂選手は日本国民です。

また、アメリカの国籍法はよく知りませんが、大坂選手はアメリカ国籍も有しています。

よって、現在は、日本と米国の二重国籍です。

 

そして、日本は二重国籍を認めていませんので、国籍法14条1項によって「外国の国籍を有する日本国民は、外国及び日本の国籍を有することになった時が20歳に達する以前のときは22歳に達するまでに・・・いずれかの国籍を選択しなければ」なりません。

 

ですから、大坂選手は、現在は二重国籍なので、22歳となる今年10月の誕生日までにどちらかの国籍に決めることが求められているのです。

 

どの国籍を選ぼうと、彼女の人間性に変わりはなく、これからも応援していこうと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

検察、企業などから令状なしでの顧客情報入手リスト

 

(女性弁護士の法律コラムNO.244)

 

検察当局が、顧客情報を入手できる企業など計290団体についてリストを作り、内部で共有していることが判明しました。情報の大半は裁判所など外部のチェックが入らない「捜査関係事項照会」で取得できると明記されています(2019年1月4日付け京都新聞朝刊)。

 

私たちは、クレジットカード作成、ポイント発行、交通関係のカード作成などの際に、自分の個人情報を企業に与えています。

それによって、各企業は、膨大な個人情報を保有することになります。

但し、それはその企業に対して明らかにしたにすぎず、その情報が他に渡るなどとは思っていません。

 

しかし、今回判明したリストは、最高検察庁が捜査への活用を目的に、警察の協力を得て作成し、検察内部のサーバーに保管、随時更新しています。

顧客情報は、公共交通機関や商品購入の履歴といった個人の生活に関わるもので計約360種類もあります。カード作成時に提出された運転免許証などの写しや顔写真も含まれるとのこと。

 

しかし、「捜査関係事項照会」は、捜査当局が独自に企業側に出す要請にすぎず、捜査に必要かどうか裁判所などの外部チェックは働きません。取得後の使用方法も不明で、漏洩のリスクもあります。

 

憲法は、裁判所の令状に基づかない住居や書類、所持品への侵入、捜索、押収を禁じています(35条)。

上記のような検察の情報照会は、令状主義を定めた憲法に反していることは明らかです。

2017年には、最高裁が、捜査対象者の車に衛生利用測位システム端末を令状なく取り付ける警察の「GPS捜査」を違法と判断しています(「法律コラム:刑事」に掲載)。

 

令状なしの個人情報漏洩を禁止する厳格なルール作りが求められています。

 

 

 

 

原発の危険性を「社会通念」で判断されてはたまらない

 

(女性弁護士の法律コラム NO.243)

 

四国電力伊方原発3号機(愛媛県伊方町)の運転差し止めを命じた広島高裁の仮処分決定について、広島高裁は、2018年9月25日、四国電力の異議を認めて同決定を取り消しました。

 

広島高裁は、昨年12月、阿蘇カルデラで約9万年前に起きた過去最大規模の噴火について「火砕流が到達した可能性は十分小さいと評価できず、原発の立地は認められない」と判断し、今年9月30日まで伊方原発の運転停止を命じました。

 

今回の決定は、昨年12月決定が差し止めの根拠とした、原子力規制委員会が安全性を審査する内規として策定した「火山影響評価ガイド」について「相当な正確さで噴火の時期と規模を予測できることを前提にしており不合理」と指摘し、「災害の危険をどの程度容認するかという社会通念を基準とせざるを得ない」としました。

 

その上で、阿蘇カルデラで破局的噴火が発生した場合、膨大な数の国民の生命が奪われ、国土は壊滅に至る被害をもたらすと認定するも、「具体的予防措置を事前に執ることはできない」とし、一方で、「発生頻度は著しく低く」、「国民の大多数はそのことを格別に問題にしていない」と断定しました。

 

そして、「破局的噴火で生じるリスクは発生可能性が相応の根拠をもって示されない限り、原発の安全確保の上で自然災害として想定しなくても安全性に欠けるところがないとするのが、少なくとも現時点におけるわが国の社会通念だと認めるほかない」とし、伊方原発の安全性は欠けていないというのが社会通念だと判断しました。

 

原発の安全性・危険性は、本来、科学的に判断されなければならないものではないでしょうか。

今回の決定は、噴火の時期や程度を予知できない限り、社会通念を基準に判断せざるを得ないと判断していますが、「社会通念」とは何か、また、なぜ「社会通念」が基準となるのかという根拠も示されていません。

しかも、裁判所が言う「社会通念」は、国が破局的噴火のような自然災害に具体的対策を策定していないことと国民の大多数がそのことを格別問題にしていないことのようですが、国の無策及び原発再稼働に反対する国民の大きな声を全く無視するものにほかなりません。

 

折しも9月27日は、4年前に御嶽山が突然噴火し、多くの登山者が犠牲になった日です。

また2016年10月には阿蘇山中岳第1火口で爆発的噴火が起こり、今年になっても3月には再び火口入山規制され(4月23日規制解除)、いつ火山の爆発が起こるかわからないというのが現状です。

 

そのような予測不可能な事態を認定しながら、「社会通念」で原発「安全」と認めてしまうのは、やはり原発再稼働の「結論ありき」だったとしか考えられません。

 

 

 

 

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