(最新判例:その他)山岳遭難で危難失踪(失踪宣告)が認められました(その1、北穂高岳での遭難)

 

当事務所が扱った2件の山岳遭難の危難失踪申立事件で、いずれも申立が認められ、危難失踪宣告がなされました。

 

●「危難失踪」とは

人の生死不明が7年間明らかでないときは、家裁は、利害関係人の請求により、「失踪宣告」をすることができ、それによって、その不明者は死亡したものとみなされます(民法30条1項、31条)。

これを「普通失踪」宣告と言います。

 

しかし、戦地に行ったり、沈没した船に乗っていたりなど、危難に遭遇して生死が不明の場合には、危難が去っても1年間生死が不明の場合、7年間待たなくても、「失踪宣告」を申し立てることができます(民法30条2項)。

これを「危難失踪」宣告と言います。

 

●北穂高岳での遭難事故

 

1,北穂高岳とは

 

北穂高岳(標高3106m)は、北アルプスの穂高連峰の中の1座で、涸沢カールから空に突き刺さるようにそびえ立つ、穂高連峰の北端に位置する岩稜険しい高山です。

私たちもこれまで2度登ったことがありました。

 

山岳遭難発生件数は、長野県が全国で最も多く、中でも槍・穂高山域での発生件数と死者・行方不明者の人数が最も多いことで知られています。

 

2、行方不明になった経緯

 

京都在住だったSさん(60代男性)は、登山を趣味とし、毎年1回夏山に登っていました。

2017年8月も、1人で北穂高岳に登る計画を立て、上高地から涸沢小屋に到着して宿泊しました。

翌早朝、涸沢小屋を出発し、南陵ルートの登山を開始しましたが、山頂に到着せぬまま行方不明となりました。

 

帰宅予定日になってもSさんが帰宅しないため、家族が長野県松本警察に通報しました。

松本警察は、捜索を開始しましたが、Sさんも所持品も発見されませんでした。

 

3、私たち弁護士が代理人として行った活動について

 

Sさんは、自分のパソコンの中に、これまでの登山記録や登山計画、写真などを保存していたため、それらを手掛かりにSさんの行動などを分析しました。

 

Sさんは、登山歴は長いものの、1年に1回夏山に登る程度だったので、決して経験豊富とは言えないことがわかりました。

意識的に登山のために身体を鍛えていたわけでもなかったので、体力やあるいは突発的な出来事に対応する力が備わっていたかわかりません。

また、高山病に罹患した転落・滑落した可能性もあると思われました。

 

そこで、私たちは、北穂高岳がいかに危険な山であるかということや、Sさんがどのような状況で遭難した可能性があるかということ等を詳細にまとめました。

また、他方で、友人や家族の協力も得て、Sさんが自殺や自らの意思で行方不明になることがないという資料も収集しました。

 

4、危難失踪の審判

 

そして、調査結果をまとめて、2019年3月に申立てを行い、京都家裁は、同年10月「不在者Sを失踪者とする」という審判を下してくれました。

 

5、なぜ危難失踪の申立をするのか?

 

冒頭で書いたとおり、行方不明になって7年間待っていたら「普通失踪」宣告が下されます。

でも、遭難によって死亡しているとしか考えられないにもかかわらず、7年間もの間、葬儀も出せず、家族は宙ぶらりんの状態に置かれます。

しかも、本件の場合、それまで支給されていたSさんの年金は「行方不明」を理由にストップされ、他方では、介護保険料は払い続けなければならず、経済的にも追い詰められていきました。

 

6、今回は現地調査(北穂高岳登山)をしませんでしたが、実際に登ったことがある山でしたので、その危険性などは十分に裁判所に説明できたと思います。

家族の皆さんは登山はしないようですが、初心者でも涸沢カールまでは登れると思いますので、機会があれば、Sさんの慰霊を兼ねて、お連れしたいと思っています。

 

(弁護士村松いづみ・村井豊明)