(最新判例:その他)北穂高岳で行方不明。失踪宣告(危難失踪)が認められました(京都家裁)

 

当事務所で扱った事件です。

 

以前にも、当コラムで、奈良県の山上ガ岳(法律コラム・その他・2014年12月24日掲載)、山形県の西吾妻山(法律コラム・その他・2016年10月18日掲載)で、それぞれ行方不明になった方の失踪宣告(危難失踪)申立事件を紹介しましたが、今回は、北アルプスの北穂高岳で行方不明になった方の申立を行い、2019年10月、危難失踪が認められ、確定しました。

 

●「危難失踪」とは

 

人が行方不明になった場合、その行方不明者を「死亡」したとするには、裁判所の失踪宣告が必要です。

人の生死不明が7年間明らかでないときは、家裁は、利害関係人の請求により、「失踪宣告」をすることができ、それによって、その不明者は7年という期間が満了した日に死亡したものとみなされます(民法30条1項・31条)。

これを「普通失踪宣告」と言います。

しかし、戦地に行ったり、沈没した船に乗っていたりなど危難に遭遇して生死が不明の場合には、危難が去って1年間生死が不明の時、7年間待たなくても、「失踪宣告」を申し立てることができます(民法30条2項)。

そして、これが認められれば、「危難が去った時」に死亡したものとみなされます(民法31条)。

これを「危難失踪」と言います。

 

●今回の事案~北穂高岳で行方不明に~

 

奈良県の山上ガ岳の事案と山形県の西吾妻山の事案の時は、家裁は、どちらも危難失踪を認めませんでした。

そこで、不服申立(即時抗告)を行い、高裁で家裁の決定を覆し、「危難失踪」が認められました。

 

今回の北穂高岳の事案は、家裁が「危難失踪」を認めてくれました。

 

京都市在住だったAさんは、行方不明当時61歳。

妻と娘との3人暮らしでした。

定年退職後、行方不明当時は警備員の仕事に就いていました。

結婚前から登山を趣味とし、毎年1回夏に、単独で北アルプスを訪れていました。

Aさんは、2017年は、北穂高岳に登る計画を立て、8月上旬、計画どおり、上高地に向かいました。

涸沢小屋に宿泊し、翌朝、北穂高岳を目指しましたが(目撃者あり)、予定日になっても帰宅しませんでした。

 

警察などが捜索しましたが、結局、Aさんは発見されず、捜索は打ち切りとなりました。

 

●北穂高岳とは、どのような山なのか

 

北穂高岳は標高3106mの山で、穂高連峰の最北端にそびえる山です。

私たちは、これまで、涸沢カールからの南陵ルート1回と、槍ヶ岳から大キレットを経て登るルート1回の計2回登ったことがあります。

今回、Aさんは、通常ルートである涸沢カールからの南陵ルートを登ったようです。

 

上高地から涸沢カールまでは、比較的登山道も整備されており、登山初心者でも登ることができますが、涸沢から北穂高岳は、標高差756mを一気に登る急峻な登山道で、浮き石も多く、毎年、転落・滑落による遭難が多数発生しています。

山岳写真家の磯貝猛さんも、北穂高岳で滑落し死亡されています。

北穂高岳がどれだけ危険な山なのかは、私自身が体験しています。

 

その意味で、Aさんは、毎年北アルプスに登っていたとは言え、回数は年に1回程度なので、ベテランとは言えず、何らかのトラブルに遭遇したものと確信しました。

 

私たちは、北穂高岳の危険性や、Aさんが自殺や自分の意思で失踪する可能性がないことを、家族はもとより、友人などの協力も得て、あらゆる視点から分析してまとめました。

また、弁護士会照会制度を利用して、長野警察に照会し、捜索状況も明らかにしました。

 

そして、家裁は、Aさんが「何らかの事情により転落・滑落した蓋然性が高いというべきである」「人が死亡する蓋然性が高い事象に遭遇したと認めるのが相当である」と認定しました。

 

●危難失踪を申し立てる理由

 

危難失踪の申立をしなくとも、7年待てば、普通失踪が認められます。

しかし、家族には、行方不明者が自殺や自らの意思で失踪などしないことに確信があり、にもかかわらず、7年間も宙ぶらりんな状態におかれることに、気持ちの整理がつきません。

また、経済的な面でも、違いがあります。

Aさんの場合、それまで支給されていた年金はストップし、他方、介護保険料は支払わなくてはなりません。

7年後に死亡が認められても、7年間に払った介護保険料などは返ってきません。

他事件では、危難失踪が認められたことにより、生命保険の保険金額が大幅に増額したり、在職死亡が認められ死亡退職金が支給されたケースもありました。

 

●今回は、あらためて北穂高岳に登る機会はありませんでしたが、来年以降、機会を作って、また1度、登ってみようと思っています。

そして、これからも、「山に登る」弁護士として、このような事件にも関わっていけたらと思います。

 

(弁護士村井豊明・弁護士村松いづみ)